第11回:自虐時々ドン引き、のち晴れ(前編)


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それは「打ち上げにお客様をお誘いする」というところから端を発したものであった。
我々の想いが少しずつ蓄積された結果を評価されたのか、
想いを外に向かって発信した結果を評価されたのかは定かではないが、
前回そして今回のイベントや打ち上げで見えてきたものだった。

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プロジェクト立ち上げから2年の間に、実は密かに期待していた気運がそれほど高まらなかった事に苛立ちを感じていた。
「この調子じゃ本気で自己マンだな」とモチベーションに影響する問題の一つでもあった訳だ。それは何か。

「我々のイベントに参加したいというバンドが増えてきた」

という事だ。何故、参加希望のバンドが増える事が問題になるのか。

このまま固定バンドでやり続ける事に全く意味を感じないPuff Projectとして「あぁ自分達も、あんな感じで演りたいな」と思って頂けるような、出演したくなるようなイベントを目指してきた。
それは非常に高過ぎる目標だが、今後もスタンスとして変わりは無い。
そういう意味において参加希望のバンドが増える事は非常にいい流れだと感じている。
しかし、以前から新たなバンドやユニットから出演希望のオファーを受けるたびに、私としては「んん〜・・・」と微妙なリアクションを取る事が多かった。

その理由は、我々の考え方や方法・作業を説明すると、それだけで「ドン引き」される事であった。

対外的な(元々身内バンドでなかったり十分にコミュニケーションが取れていない)バンドには「イベント前の準備」が最初の具体的な説明となるが、いきなりそこでドン引き。そんな、そこまで「自虐集団」視する事も無いだろうに。
「そんなメンド臭い事に労力割かずに金払えば済む事じゃん」的な視線で。
更に言えば「何か自分達が特別な存在みたいに思ってない?」的な視線で。

全くその通り、だって特別な存在である(笑)。
何故なら、我々と同じスタンスでの活動は少なくとも都城市には存在しないからだ。
その引き方には、コッチだってドン引きである。我々は「貴方のためのお膳立てグループ」ではないのだ。

まぁ、おっしゃりたい事は分かるし、PUFF以前は誰もがそうしてきただろう。
しかし正直「支えてくれる人々」の存在には誰もが気付いていても、挨拶や片付けだけで、感謝は薄かった。金を払って他人に任せているからである。

それでは面白くない、というのが我々のスタンスである。

人任せではなく、自分達の手弁当(労力・機材)によってイベントを作る。
手弁当によってイベントを作るからこそ、コストが低く抑えられる。
コストが低いからこそ、参加する人間が増える。
人間が増えるからこそ、盛り上がる。
盛り上がるからこそ、興味が湧く。
興味が湧くからこそ、音楽を「始める」。
このループが、ムーヴメントを形成していく。
「聴かされていた音楽」から「楽しむ音楽」への転換を、現場から始めようというものだ。

この考え方がPuff Project内でもどこまで理解されているのか分からないが、最初からこのスタンスで活動している。
「楽しむ音楽」までの過程を既に終えているメンバーも、まだその過程の真最中であるメンバーも、そんなダルい事は意にも介さないメンバーもいる中で、自虐的に楽しくやっている。
「無理無く」とは言えないが、面白さと天秤に掛けても我慢できる程度の無理は、全員続けている。

何が言いたいのか。つまり打ち上げの席でお客様から「バンドで出たい」と言って貰えた事が嬉しいのではなく「苦楽を共に、一緒に創りたい」と言って貰えたのが嬉しかったのである。
ここに「聴きに来た」が「演りに行く」へ変わる、簡単な中にも勇気のある第一歩が踏み出された事が嬉しかったワケである。

昔ローディーKazが導いた美味いビールの方程式同様、

感動 = 「ライブに必要な労力」×(「情熱」+「飢え」)

という方程式である。
情熱と飢えだけでは成立しない。労力が薄いほど感動も薄く、労力が濃いほど感動も濃い。
また労力が濃いほど演奏に対する労力も濃くなるものである。
何も音楽に限った話ではない。何にでも当て嵌まる話である。

ただ、その重要な要素である労力を惜しむ傾向にあるバンドの何と多い事か。
その思考パターンを紐解いていく。


by.ミスターTAMIYA

2007/12/20 Thr



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